マイ・ディア・キーボード 上

最初に触れたのは。
YAMAHA エレクトーン
祖母が購入してくれた。

もっとも。
祖母が購入したのは、孫にエレクトーンをさせてやろうと思ったから、だとは思うのだが。
孫であるボクがエレクトーンを習いたい、と言ったことは全くもってなかったのだが。
せっかく買ってもらったのだから、と。
小学2年生の6月頃から市内の楽器店の音楽教室へ通うことになった。
土曜日の午後、だったと思う。
バスに乗って楽器店へ行っていたのだが。
最初は多分、親も一緒だったはず。
親がしばらくの間、一時的に付き添いが出来なくなったときは、叔母がいっしょだった。
途中から一人になったのだが。
財布を忘れて、親切な方にバス代を出してもらったこともあった。
大粒の涙を流しながら、感謝したことを思い出す。

音楽教室は、5、6人で1クラスだった。
女の先生、とても元気よくて。
妹さんもピアノの先生だった。
ボクが音楽教室へ通っている間に、結婚されて、名字が変わったが。
後々、思わぬ出会いが待っているとは、この時は知ろう由がなかった。

同じクラスには、男の子が一人いた、ような気がする。
でも。
ずっとではなかったような。
もともと、人のことを覚えることが苦手なので、名前すら全く思い出せないのだが。
同じ音楽教室の一人の女の子だけは、その面影をなんとなく思い出すことが出来る。
その後、先生と同じように、思わぬ出会いが待っているとは、この時は想像できなかった。

音楽教室は小学6年生の頃にはもうすっかり飽きていたのだが。
中学生になり、吹奏楽部に入学して、自分の時間を吹奏楽一色に染めてくるようになり。
音楽教室はやめてしまった。

エレクトーンは、Bシリーズのどれかだったと思う。
いろいろ検索したけれど、もう、どんなものだったのか思い出せない。
B4や、B5のような気もするが、気がするだけだろう。
音楽教室に通い2、3年経った頃、親がCシリーズに買い換えてくれた。
C200という機種だった。

そう言えば。
エレクトーンは、弟も真似して習いに行ったが、長く続かなかった。
そのかわり、弟はそろばんは長く続けた。
ボクも真似していったが、すぐやめた。

エレクトーンは家の中の飾りになっていたが。
そうは言っても時々は。
そうは言ってもたまには。
弾くことはあった。
そのうち、鍵盤の軽さに物足りなくなったボクは。
電子ピアノを手に入れた。
YAMAHAのPF2000
楽器店で店頭展示品として置いていたものか、そのまま在庫として残っていたものを、安くしてもらった。
当時既に、タッチセンサー付きの鍵盤を持つエレクトーンも出ていたのだが。
今更エレクトーンという思いもなく。
タッチセンサー付きとは言え、鍵盤を抑えた時の軽さは変わらないと思い。
ピアノタッチの電子ピアノを選んだと言う訳だ。

そして、エレクトーンC200はPF2000と入れ替わりに、我が家を去って行った。

PF2000は。
新品と言う訳でもなかったのだが。
自分にとっては新しい楽器ということで。
最初はがんばって練習していた。
でも、エレクトーンとピアノは、やはり違いがあって。
右手でメロディ、左手で伴奏、足でベース、の弾き方に馴れていたボクにとっては。
やはりピアノは難しかった。
左手が思うように動かない。
ええい、イライラする。
それはもちろん、練習が足りていないからなのだが。

それでも、楽しかったのだ。
ピアノとして使うことはもちろん。

パソコンとつないで、演奏させたり楽譜を起こしたり。
外部音源を手に入れて、midiで鳴らしてみたり。
お遊び程度だけれども、バンドやる時に必要だからと、腰を抜かしそうになりながら運んでみたり。
しばらく放っておいたら、音色がおかしくなって、壊れたんじゃないかと心配したり。
ダメ元で工場出荷時の初期状態に戻してみたら。
即ち、リセット機能を使ったら、ちゃんと普通の音色に戻ったとか。
液晶画面の表示がおかしくなって、恐る恐る分解しているときに見つけた、基盤上のボタン形電池を。
多分このボタン形電池のバッテリ切れが原因なんだろうと思って、ハンダ付けを外して交換してみたり。

義妹家からカワイの電子ピアノが我が家に来て以来。
PF2000は倉庫の中で眠っていたのだが。
断捨離には程遠いけれども、少しずつ整理をしていこうという、その思いに後押しされ。
3ヶ月ほど前に嫁入りさせた。

さて。

『思わぬ出会い』とは『全く想像すらしていなかった出会い』であり。

大学2年生の夏から秋にかけて。
今は無き、とある自動車学校へ、運転免許を取得するために通っていた時のこと。
ちょうど時を同じくして、自動車学校に通っている女の子の中に。
同じ音楽教室でエレクトーンを習っていた女の子がいたり。

また。
音楽教室をやめて、11年。
1年前には、同級生から「あいつ大丈夫か?」と言われるほど何もしていなかった就職活動を経て、何とか就職できた4月。
初めての職場で、あちらこちらを回りながら説明を受けていた時のこと。
「音楽やっているんです。」
「吹奏楽でクラリネットを。」
「昔はエレクトーンも習っていました。」
と何故か音楽の話題となり。
上司「どこの音楽教室だった?」
上司「先生の名前は?」
と会話は続き。
「○○(旧姓)○○さんです」
上司「うちの嫁だ!?」

ああ、確かに!
結婚されて、上司と同じ名字になっていたわ。
とか。

さらに。
祖父の介護のため、家に来てくれたヘルパーさんが。
同じ音額教室に通い。
同じ自動車学校に通った、まさに、その人だったり。

おまけに。
職場の後輩が結婚することになり。
一年間は前の机に、その次の一年間は隣りの机に座っていた後輩が、結婚することになり。
「音楽してるから、norueさんも彼女のことを知っとるかもね」
「ほう、○○さんかな?」
「なんで知っとるん?」
というか、その彼女は。
ボクの初めての上司の娘さんで。
ボクのエレクトーンの先生の娘さんで。
ボクの子どもたちが教えてもらった音楽の先生で。

人の縁とは、とても不思議なもの。
キーボードを通じての出会いは、とてもステキなもの、だったのです。

次回へ続く(笑)